脳画像がみれることで臨床の何が変わったのか!!脳画像で得られる6つのメリット。

「脳画像をみれるようになると、患者さんを良くできますか?」

これは脳卒中に関わるセラピストなら一度は考えたり、思ったことがあるではないだろうか?

何のために「脳画像」をみる必要があるのか。

言葉では大事だということはわかっていると思いますが、その理由は?と問われると、これといって明確な答えがないセラピストも少なからずいると思います。

数年前の自分もそうだったな~。

リハアイデア

これは私自身が、脳画像を必死に勉強し、脳画像がみれるようになったことでのリアルな臨床場面での変化についてまとめていきたいと思います。

そして、これから脳画像を勉強する皆様にとって、何故脳画像が必要なのか、そしてそれをみることが何が変わるのかを実際の体験を含め、お伝えできればと思っております。

脳画像をみる意味とは!?

冒頭にあった、「脳画像をみれるようになると、患者さんを良くできますか?」という問いかけ。

これに対する私の個人的な見解は・・・

ずばり「No」です!!

リハアイデア

えっ、いきなり・・・(笑)って思う方もいると思うのですが、しっかりと理由はあります。

何故、「No」なのかというと、脳画像がみれたからといって、それが直接的に患者さんを良くすることには繋がりにくいからです。

カスミ

それってどういうことですか?
だって、脳画像がみれたことで、例えば触診技術やハンドリングなどの治療スキルが上がることではないからね~。そういった意味での直接的です。

リハアイデア

むしろ私の場合は、脳画像をみれるようになったことで、患者さんについて考える時間は倍増しましたし、臨床では悩むことの方が多くなりました。

その上で、脳画像をみる以前より、なんだか患者さんのことでわからないことが増えたのは紛れもない事実です。

ただ、それは悪い話じゃなくて、それだけ病態や症状を把握・理解し、原因追及にかける時間が増えたことが、今まで見えてこなかった問題点がさらに見えてきたからです。

では、先程の質問が「脳画像をみれるようになると臨床が変わりますか?」と変わるとどうでしょうか?

答えは・・・

それは「yes」です。

リハアイデア

患者さんがもつ潜在能力を引き出し、その可能性を見つけるという意味では患者さんを良くすることはできると思っていますし、それが私の脳画像を勉強する一番の理由です。

そして、それが私の中では臨床を変えた大きなターニングポイントになりました。

つまり、私と同じように脳画像をみようと思うセラピストの皆様に対して、脳画像を通して少しでも患者さんの最大限の能力を引き出し、そして可能性をみつけることに役立てて欲しいと願っているのです。

だから、私はこうやってブログで脳画像に関する知識を提供したいと思っているわけで、そう感じるセラピストを一人でも増やすためなのです。

今回は脳画像を読めるようになった(実際はまだまだなのですが、本などを見ずともある程度画像が読める知識を有した)私自身が感じる、脳画像を読むメリットについて臨床で感じたままのリアルな意見を述べていきたいと思います。

メリット1:患者さんとの共感

何故、これを一番に挙げたかというと、私自身この「患者さんと共感する」といったポイントが一番変化したからと感じたからです。

日々の臨床場面では、患者さんは本当に様々な訴えをおっしゃられます。

  • 「手が思い通りに動かなくて、勝手に力がはいる」
  • 「腕が重たくてあがらない」
  • 「足が痺れてて、体重がかけれない」
  • 「自分の手じゃないみたい」
  • 「もっと歩きたい」

そして、その訴えだけではなく、様々な症状も目の当たりにします。

    • 「服が上手く着れない」
    • 「車椅子のブレーキやフットレストの管理ができない」
    • 「言葉が思うようにでてこない」
    • 「左側をよくぶつける」

などなど

それを知った時、あなたならどうしますか?

運動麻痺や感覚障害だから、高次脳機能障害だからと、患者さんが理解できないような言葉でやり過ごしていませんか?

この患者さんが発する言葉ひとつひとつや、行動すべてに実は脳機能が関与しています。

その言葉や行動の裏に隠された何故それが起こるのか、この本質を我々は知ることができるのです。

それには、運動中の脳の働きをリアルタイムに観察することはできません。

しかし、脳画像をみれば、どこの部位の障害なのか、どこの経路の障害なのか、何がその動作や訴えを引き出しているのかが、ある程度推測することはできます。

そして、それを基に臨床推論をたて、介入していくことができるのです。

つまり、患者さんの体の状態を脳画像を介して理解していくことが、共感ということに繋がるのです。

共感の重要性においては、是非当事者の生の声を聞いて欲しいんです。

これは3度の脳障害をおった、整形外科医の山田規畝子さんがおっしゃっていたことなのですが、実にセラピストとして、この共感の重要性を考えさせられる内容でした。

一般的に我々は、半側空間無視という高次脳機能障害に対しては、左側の認識が悪いからということで、左側から話かけるや左側に注意を促すことを行うと思いますし、私もそう習った記憶があります。

しかし、実際山田さんの言葉では、

右からだったらできる、だから左からは言って来ないで、という気持ちなんですね。セラピストが左からアプローチしてくるのを非常に不快なものに感じるんですね。右ならわかるのになんで左からこの大事なことをやらせようとするんだという感じで、いやな気持ちがするんです。うっとうしいというか。

そんなふうにずっといやな左側から攻められるそのメカニズムが自分で了解できないままリハが続くと、とにかくめんどくさいからという気持ちが強くなってしまいますので、現実的には分からない方からアプローチしていくいうのは、いろんな意味でマイナス面があると思うんです。

認知運動療法フォーラム それでも脳は学習するより一部抜粋

とおっしゃられているのです。

参考

それでも脳は学習する認知運動療法フォーラム

確かに、高次脳機能障害という症状に対してアプローチすることは重要ですが、この患者さんの気持ちを知らずして、介入することはとても危険です。

例えば、「この薬は効くから飲んでみなさい」といった、ある種のエゴの押し付けのようになってしまうのです。

そういった意味でも、何故その症状が起こっているのか、その時にどういった思考過程を呈しており、何が一番関わる中で最適なのかを、あくまでも脳画像を一ツールとして用いるのが重要になってくるのです。

脳の状態を知ることで、病気や症状に対する想いの共感ができる。

参考書籍!

メリット2:可能性を探す思考が身についた

これはセラピストとしての考え方や治療における臨床推論に関係してくると思うのですが、例えば運動麻痺があるから利き手交換をする足が動かないからこの人は車椅子で退院レベルを決める、これって何を根拠にしているのでしょうか?

確かに運動麻痺があっても、その程度や予後はやはり経過をみないとわからないものです。

しかし、それが仮に脳画像を介して、

皮質脊髄路が今は脳浮腫により二次的に障害はでているけど、回復過程の中で血腫が引けば運動麻痺も回復してくるかもしれない。

だから、今は運動麻痺の治療と並行して、関節拘縮や筋委縮が起こらないよう介入していこう!

、と臨床推論を立てたのであれば、自ずとやるべきことは決まり、患者さんとの目標設定にもつながると思います。

逆に、退院の時期まであと1か月しかない、とします。

この方の脳損傷の程度をみると、あと1か月では運動麻痺が回復して、日常生活の中で上肢を実用的に使うのは間に合わないかもしれない。

そうであれば、補助手として、テーブルに手をおいておけるだけの支持性が必要になる。

だからまずは利き手交換を選択して、非麻痺側でできることを増やしながら、その中で麻痺側の補助手としての役割を果たすための機能を上げることを治療プランに組み込もう!

こう考えると、それは十分根拠をもった介入になるのではないでしょうか?

そして、ここに実際のエビデンスを加味しながら、この時期にこの運動麻痺の回復程度なら、今後どうなっていく可能性が高いかを合わせてみていければ、それが立派な予後予測につながっていくのです。

つまり、症状だけをみてできないと判断するだけでなく、そこから何ができて、何が代償が必要なのか、そういったことも脳画像をみれるようになると、少しずつですが、ある程度の根拠をもった臨床推論が組み立てることになっていくのです。

脳画像から逆算することが、可能性を引き出す最大の材料になる。

メリット3:症状把握と予後予測

これが脳画像を見る上での本質的な部分にはなると思います。

そもそもどういった症状がでるのか、どういった患者さん像になるのかは、ある程度脳画像をみれば把握できます。

これはある一例になりますが・・・

  • 手が動かない現象が運動麻痺によるものなのか?
  • 運動する以前の基底核や小脳を介したループによるプログラムの問題なのか?
  • 運動実行に必要な姿勢制御の要素が障害を受けて、本来あるべき上肢の機能が、姿勢を保持するために、代償的な固定を生み出しているのか?
  • などなど

熱が出た時なんかも想像して欲しいのですが、熱が出た原因がわからないことには、解熱剤を出すだけでは、一時的な症状緩和につながりますが、根本の問題を治療したことにはなりません。

つまり原因分からずして治療なし、なのです。

これは日ごろのリハビリ場面でも一緒のことです。

何故、その治療方法を選択したのか?

何故、こういった症状にはこのやり方がエビデンスレベルが高いのか?

何故、急性期には早く離床させてることが必要なのか?

といった色々な何故という疑問に対する根拠や答えを、脳画像が教えてくれる場合があるのです(これは必ずではありませんが、脳画像がひとつの判断材料になる場合があります)。

臨床場面における様々な現象をもとに、どうすれば効率的にリハビリテーションを遂行することができるのか?

これを脳画像を通して常に考えながら、臨床をやることで、声かけの方法や、誘導や介助量の決定、自発性を引き出すための課題をどう選択するか等を、考えることができるようになるのです。

そして、その積み重ねが自分の中でのある種の基準になり、次同じような患者さんを担当した際に、以前はこうだったから、恐らくこの人はこれぐらいの予後や、この能力を伸ばす必要があるなといった、自分の中でのエビデンスの構築に繋がっていくのです。

脳画像は症状把握と予後予測に役立てるツールになる。

参考書籍!

メリット4:inputの質の向上

脳の勉強をしていて感じるのが、正解が目に見えにくいため、その説明や考え方があっているのか・間違っているのかわからないことが多くあります。

時には、あそこの講習会ではこう講師が言っていたのに、他では違うことを言っていたとか、

教科書によっても書いてある文面も多少違っており、解釈するのが難しいとか、

患者さんの症状とマッチしない部分がでてくるなど。

勉強すればするほど、色んな疑問や課題がみえてきて、正直勉強嫌いな人にとっては継続するのが難しくなる場合があります。

カスミ

まさに、今の私がそれです。学べば学ぶほどなんだかわけがわからなくなっています(困)。

但しこれは1つの項目に対して、ひとつひとつ解決しようとするから起こることだと思います。

例えば、視床出血の患者さんを担当するから、視床のことを勉強したとすると、視床の機能一つ一つを把握し、理解する必要があります。

視床の機能
視床には上行するそれぞれの情報によって、それぞれ情報が入る核が存在しています。

そして、それぞれの核に機能があり、VL核なら運動出力に関与し、特に小脳との接続が強いため、ここの障害では運動失調に関係してきます。

VPL核では感覚情報が入力され、そこから大脳皮質と3野(体性感覚野)に情報を送ることで、感覚情報の処理を行っています。

その後方の視床枕(Pul)では、頭頂葉のつながりから、身体図式に関与し、ここの障害ではpusherなどの症状が見受けられる場合があります。

などなど・・・。

これを一つ一つ理解しようと思うとかなり時間もかかるし、一度覚えてもすぐに忘れてしまいます。

そして、実際の目の前の患者さんでは、感覚障害は問題なく、運動失調が問題なのに、「視床=感覚」って認識があったりすると、今必要のない情報(感覚に関する視床を通る経路や、しびれや異常感覚等の知識など)ばかりが知識として入ってきます。

実は、これは前述したように、視床のある特定の部位の障害に起こる問題で、運動失調などの要素は別の経路の問題になります。

つまり、感覚に関係するVPL核のことを必死で勉強してしまい、本来知るべきVL核の機能のことに行き着くのに時間がかかるといった感じで。

それを事前に脳画像で確認し、患者さんの病態をあらかじめ頭にいれながら、情報のinputをしようとすると、運動失調に関わる機能にのみフォーカスをあてて学ぶことができるし、実際の患者さんの病態をイメージすることでより具体的に学びの質が変わってきます。

これは講習会などにいっても同じことで、今講師が話していることは、脳のこの部位のことを言っていて、これは自分の中にはなかった新しい視点だなとか、こうやって臨床場面で解釈しているのかなどの、一つの情報からより多くの現象や症状をイメージすることに繋がり、それが治療のバリエーションを広げてくれることにつながります。

これは僕自身もかなり実感しており、勉強すればするほど新たな発見や知識の復習になって、inputする情報の質が圧倒的に変わってきたよ。

リハアイデア

脳画像を通して、何を学ぶかを明確にすることでinputの質が向上する。

メリット5:多職種コミュニケーション

 

皆さんは、病棟の中でどうやって患者さんの情報を伝達していますか?

この人は運動麻痺がブルンストローム・ステージでいくつだから更衣は介助が必要で、高次脳機能障害があるから、食事の際はムセ込に注意して、ポジショニングはこうで・・・

みたいな感じで患者さんの情報共有をしていませんか?

実は看護師さんや介護士さんにこれが全て正確に伝わることは、中々難しいのが現状ではないでしょうか?

実際に看護師さんでも運動麻痺の評価ではMMTを使うところも多いみたいですしね。もちろん介護士さんは高次脳機能にどういったものがあるかも知らない人多いですよ。

リハアイデア

そうなったときに、ただ症状や現象を伝えて、病棟生活を送ってもらうのと、脳機能を加味しながら、それに合った介入をして病棟生活を送るのでは、脳の回復過程から見ても大きく違ってくるのは明確です。

運動麻痺を呈する患者さんを見た時に、この方は大脳皮質が司る運動の分離性の問題より、それを伝える皮質脊髄路である運動出力に問題があるから、服を着る際少し手を添える介助で抗重力姿勢をとってあげながら介助するのが良いと考えた場合を想定します。

これを看護師さんのケアに対して、

この方は運動麻痺があるから更衣に介助が必要です。
だから、更衣の際に麻痺側は介助をしてあげてください。

リハアイデア

そう伝えると、看護師さんはもちろんほとんどの動作を介助しながら(場合によっては全介助で)、更衣を行うことでしょう。

しかし、脳機能を加味してこう伝えると、どうでしょうか?

この方はまだ自分で腕を上げておくのが難しくて、袖に手を通しにくいのですが、腕を軽く支えてあげれれば、服を着ることができるので、こうやって介助して更衣をしてみてください。

リハアイデア

ここに実際の脳機能の難しい説明は必要ありません(これを理解してくれる看護師さんなら経路や機能の話を出しても良いかとは思いますが)。

ただ、脳損傷の程度からどの機能が残っていて、どの部分は介助が必要なのか、そして、最終的に更衣自立に持っていくためには、どういう関りが必要なのかを、画像を通してイメージできると、自ずと病棟生活での関りも変わることが非常に多くあるのです。

脳画像を介した情報共有が、多職種へのコミュニケーションをとる上でも非常に重要になる。

参考書籍!

メリット6:治療スキルの向上

冒頭では、直接的に脳画像をみれることで治療スキルが上がるとは言いませんでした。

しかし、脳画像を通して患者さんの状態を把握し、何に対してどういったアプローチをするかで、実際の治療スキルは格段に変化したのは事実です。

現在では、様々な技術系の講習会も存在します。

そして、それぞれにどういった考えや概念を基に治療するかもまた変わってきます。

例えば、運動麻痺の治療で有名なのが川平法ですし、姿勢制御においての治療はボバース概念、固有感覚入力においてはPNF、知覚認識においては認知運動療法などなど。

装具療法における装具の選定などもこの治療スキルに入ってくると私個人は思います。

特化する部分があると同時に、それだけをみているわけではありませんが、それぞれにそれぞれの強みがあると、個人的には解釈しています。

そして、それぞれの治療技術をどう患者さんに選択していくかは、実際に患者さんの目の前に対峙するセラピストしかいないのです。

どれだけすごい治療スキルがあっても、結局はそれを使いこなせるセラピストが必要になってくるのです。

リハアイデア

その際に、どういった問題点があるのかを的確に抽出できないことには、その治療スキルも効果は半減してしまいます。

私自身は実際に、脳画像がみれて患者さんの症状を深く紐解くことで、これら治療技術に対する方法や声かけの仕方、環境の設定など、治療におけるバリエーションがかなり増えました

そして、それぞれの良いところ、それぞれの利点の組み合わせなどもできて、一回の講習会で習う何倍の治療アイデアがでてくるようになってきました(まだまだ少しずつではありますが)。

一側面からの見方では一つの治療スキルにどうしても固執してしまいがちです。

現に、理学療法の中でも〇〇派みたいな目に見えない派閥みたいなものもあるという話をよく聞きます。

ただそこに、脳画像が組み合わさるだけで、色々な可能性がでてくるので、是非これは皆さん自身にも体感して欲しい部分だと思っています。

脳機能が理解が、治療を応用するためのスキルの向上につながる。

参考書籍!

脳画像をみるための6つのメリット

脳画像をみる6つのメリット!
  1. 患者さんとの共感
  2. 可能性を探す思考が身についた
  3. 症状把握と予後予測
  4. inputの質の向上
  5. 多職種コミュニケーション
  6. 治療スキルの向上
実はまだまだ伝えたいメリットはあるのですが、とりあえずこの程度に抑えておきます!

リハアイデア

あとは皆さん自身で、脳画像を見ることで変わった臨床変化を是非同僚や後輩などにもお伝えしてみてください。

そして、最終的に患者さんに還元していきながら、日ごろの治療に役立てて下さい。

あくまでも脳画像は治療をよくするためのひとつのツールです。

知らないよりは知ってる方が良いのは当たり前で、脳卒中に関わるセラピストなら必ず身につけておくべき知識です。

最後になりましたが、ここからは私個人の脳画像をみるきっかけについて書いてみました。

何かを始めるのには、それぞれきっかけというものも大事です。

現に私は理学療法士になった初めのころは脳画像をみることが大の苦手でした。

そして、脳の勉強をすることが嫌いでした。

その私が何故脳の勉強に惹かれ、脳画像を読めるようになったのか、そのきっかけのエピソードも載せておきます。

なので、個人的に気になる方だけみてくださいね!

リハアイデア

脳画像をみる前に知っておいて欲しい大切なこと

そもそもなんで、脳画像を「読もう」や「読めるようになりたい」と思ったの?

リハアイデア

カスミ

患者さんの予後予測を立てたかったため。

タケシ

病態や病巣をより詳しく知りたかったため。

サトシ

先輩にみろって言われて
えっ、僕が言ったのが原因・・・?(笑)

リハアイデア

理由は様々あって良いと個人的には思っています。

だって大事なことはみんな知ってるし、脳画像をみることはセラピストにとっては当たり前だからです。

皆さんは風邪で病院にいっているのに、症状や原因もわからない歯科医に風邪の症状みてもらいたいですか?

そして、診断をもらって、治療して欲しいですか?

これは極端な例ではありますが、脳卒中になったのに、その症状や病態もわからないセラピストが患者さんをみることが、どれだけ危険で無責任かがよくわかります。

でも、現実は臨床場面で脳画像を見ようとしない、そこまで深く勉強しない方が実際にはいるんじゃないかなって思うんです。

これ、昔の自分に最も言い聞かせたいことです(笑)

リハアイデア

ただ、見るためにはやっぱり何かのきっかけがないと見ないだろうし、脳画像の必要性を感じ、それをみることを習慣化させないといけないわけです。

ただ、これもよくあることで画像がみれてくると、脳画像でここの障害があるから、この人の予後は〇〇だね~とか、麻痺は治りにくいから利き手交換しようみたいな、画像=症状の決めつけみたいになるのはすごくよくないことです。

本来、脳画像はあくまでも患者さんの状態を知るひとつのツールにすぎません。

そして、そこからどういったことが今後問題になってくるのか、どういったことが治療対象となり、何がその方にとってベストな介入方法なのかを判断する材料になります。

つまり、そこから今後、患者さんが生きていくうえで必要な生活(これを私は予後予測だと思っています)を見据えた、その方の可能性をみつけることに脳画像が使われる必要があると思っています。

脳画像をみるにはその重要性をしっかり理解し、何のために画像が必要なのか、これを明確にする必要があるのです。

それがお伝えした脳画像をみることで得られる6つのメリットなのです。

では、最後に何故私が脳画像を学ぼうと思ったのか、その訳をお伝えしていきます。

私の場合はそれが急性期病院への転職でした。

リハアイデア

回復期病院にいた私は、送られてくる患者さんは〇〇出血・▲▲梗塞などの診断がつき、ある程度症状も固定化され、さらには回復期病院という特性上患者さんとの関りが多くても1時間もあるというとても恵まれた環境にいました。

なので、正直脳画像がみれなくても3年目ぐらいまでは臨床であまり困ることなく、患者さんをみることができていました(実際はできてないけど、できていると錯覚していた自分)。

ところが急性期病院へ移った後、あまりにも自分の無力さに脱帽しました。

1回の介入時間は20分あるか、ないか(バイタル図ったり、話をしてたら本当にあっという間です)だし、同じ診断名なのに全く症状が異なる患者さんもいる。

発症初期のICUの患者さんに至っては起きている人は少なく、ほぼ自発的な運動もなし。

そんな中、自分がやっている治療に対してこれって意味があるのか?

この患者さんのゴールって?何を目標にして、何を目指していけば良いのか?

そんなことも分からず、ただ黙々とベッド上の患者さんをみる日々が続きました。

主にやっていたことってその当時は本当に関節拘縮を作らないためのROMか、離床させることぐらいじゃないでしょうか?

リハアイデア

そんなある日、患者さんのご家族さんからこんなことを言われました。

うちの主人は歩けるようになるのでしょうか?

先生は今どういったことに対して、何を目的に治療されているのでしょうか?

これを聞いてきた本意は、ご家族さん自身もその目標に向かって何か主人にできることはないかという藁にもすがる思いで、私に助けを求めてくれました。

ただ私は、この時何も答えられず、「我々から直接どうなるといったことはお伝えできないので、主治医に聞いてみてください」とだけ返しました。

確かに、我々の口からこうなります、この方の予後はこうですっていうある種の診断を下すことはできません。

ただ、それとは別に答えられない自分に逃げている自分がいることにも気づかされました。

そこから、私自身必死で脳画像の勉強をし、まずは患者さんの頭の中では何が起こっているのか?

そして、どうすれば良くなるのか?

今後どうなっていくのかを必死に考え、勉強し、臨床に向き合うようになりました。

そうすることが、セラピストとしての当たり前の姿勢なはずなのに、その時はある種の強迫観念にも似たような感情だったと思います。

でも、今ではその時の体験が非常に大事なことだということに気づかされました。

脳画像がみれたことで臨床そのものが良くなる方向にいくことは決してありません。

ただ、脳画像をみれるようになったことで、その方の想いや悩み、いろんなことが共感でき、そして一緒に目標を目指すことができたことは間違いではありません。

だから、これから先まだまだいろんなことを学び続ける必要があるし、必要な知識や情報をこのようにブログを通してoutputできればと思っております。

是非皆さんの中でも、一度何故自分が勉強するのか、そして、それをどう患者さんに還元できるのかを考えてみるのも、勉強をする上での非常に重要な動機づけに繋がるかもしれませんよ!

それでは、また!

当事者の声が何より一番の参考になります。

是非一読を!

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